営業部年長者の川村です。物語の中に印刷風景が多々書かれています。
日露戦争前の東京。上京した吾一は「文選工見習入用(14・5歳の君)」の
貼紙を見て文選工(使い屋)となる。当時ひと箱(文選箱)は五号活字で八百
本。1日14・5箱で一人前といわれた。熟練した吾一は仲間と競い20箱
を拾うこともあった。
印刷工場で火事があり、錠のかかった大きな原稿箱(金属製)を持ち出し窮
地を救い、社長より金時計を貰ったなど、文選工・植字工の職場や暮らし
が書かれています。 [路傍の石:山本有三・1937]
明治22年石川島監獄に不敬罪で入獄した(禁固3年)宮武外骨は、大浦典
獄の温情により獄中の活版工場で校正係として労役に服し、ジャーナリ
ストの血が騒いだと書かれています。[宮武外骨:吉野孝雄・1980]
20代の松本清張は九州・小倉で高崎印刷所(活版・石販)、小さな印刷所、
鳥井オフセット印刷所に勤めた。主に版下作成(画工)を経験し、独立(個
人)後30代で朝日新聞西部本社営業部(広告部)に入社した。その体験が小
説『鬼畜』『天城越え』等に登場します。[半生の記:松本清張・1966]
21世紀に入り、「無版印刷」という文言が現れる。文字通り刷版なしで
コンピュータからデータを直に流し込んで印刷機械を動作させる。
物語の舞台大塔印刷は、一般印刷業界が稼働してきた活字・自動組版機
等の印刷設備を一気に無版印刷システムに変換したことにより総合印刷
に成長した。業態変革ミステリー。
[この世にひとつの本:門井慶喜・2011]
大手出版社(講談社)と中堅印刷会社(豊国印刷)を取材し、本造りに関わる
諸々の物語が書かれている。印刷・出版用語は勿論、著者と編集者・編集
者と印刷営業担当者・営業担当と各職場間のやり取りの他、本造りの過程
が細かく記されているのがいい。また関わる人々の家族も書かれているの
もいい。印刷会社として一番嫌な、ミス・クレーム対応や刷直し等々が痛
々しい。
電子書籍・UV印刷・デジタル輪転印刷等の最新印刷技術(当時)、さらにデ
ザインを妥協しない装幀家との印刷技術対応が圧巻。
タイトル『本のエンドロール』のとおり、謝辞を含め4頁分に関係者が全
て記されているところが本作品の醍醐味。[本のエンドロール:安藤祐介・2018]
『男はつらいよ』に出てくる朝日印刷所のように時代と共に印刷風景
(技術と設備)も進化している。印刷システムが変われども、その基本
と感性・システムを動かすのは「人」。新技術へチャレンジする気概が
大事と思う。